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冠辞考
八/波
はしむかふ おとのみこと
万葉集巻九に、〈弟の死たるお哀しめる歌〉父母賀(ちヽはヽが)、成乃任爾(なしのまにまに)、箸向(はしむかふ)、弟乃命者(おとのみことは)雲々、また二つあり、先古き語の意にていはヾ、相うつくしみ向はるヽ弟の命といふか、集中に愛妻愛嬬など書たるは、はしきつまともはしづまともよむべく、又同じ愛妻の字お、うつくしづまとよむべき所もあり、又愛八師(はしきやし)、君之使(きみがつかひ)とも、古事記には、波斯祁夜斯(はしけやし)、和伎弊能迦多(わどへのかた)ともあれば、彼これお照してみるに、皆うつくしむてふ意也、向とは心にかなふことなどお、古へは向しきといへれば、さる意にていふか、はた二人ある兄弟は相対ふ理りのみにても有べし、今一つは箸(はし)と書るお正しき字とせば、今の人たヾ二人ある兄弟おはしよりおとヽひといふは、古へよりいへることにてかくいへるか、食(おし)ものヽ具など歌によめること古への常也、