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草茅危言

捨子之事
一捨子は、町々に官命お以て、兼て大切に致し、まづ早速拾ひあげ訴へ出、当分其家より養育し、囉方お町内よりとくと見届け、養育大抵金子四五金分相添遣し、その費用は町内総わりにし、さしたることにも非ず、たまさかのことなれば、難義と雲ぼどにもなし、然れども小児の成長までは、病気又庖瘡など届け来り次第、その家より追々合かいたし、もし又当分に病死などあれば、官府の撿察お乞など、色々世話もかヽり、面倒なるもの故、毎度ありては迷惑なることなり、さて貧民は手元にて育つるよりは、大方宜しく片付ることおしり、すつる時さへ見付られざれば、跡にて僉議も咎めもなきこと故、よきことにして、争ふて捨るは憎むべし、又さして貧苦に迫るにもあらで、姦通出生など捨て口お消やうにすることもありと見えて、品よろしき〓繃などお用たるもあり、是は尚更憎むべきもの也、往歳さかんに捨たる時に、官命ありて、以来は捨子おば屠村に下さるヽとのことにて、捨やみたることありし、今はその法令もやみたるにや、市中の取計ひ已前の如くになりたり、このごろあらたに号令ありて、捨子お又屠者非人に下さるヽとの命ありとも聞たり、いまだ実否おしらず、何ぶん屠村の令面白きやうなれども、退て考ふるに、捨る者に罪ありて、小児に罪なし、然るお罪ある親は問ずして、罪なき小児のみ屠村に下し、人外とせば、其児成長の上にて思はん処も不便也、又今の如くにて、屠家非人の内より捨るもあるべし、それおいかに知ねばとて、平民の子として撫育するもあるまじきこと也、故に此処置おせんには、子お捨たる上の評議よりも、先子おすてさせぬやうの仕方あるべきのみ、その法いかん、蓋し窮民にても、表長屋に住するほどの者は、子おすつるには至るまじ、必定裏借屋に住する者のことなるべし、端々にては、表屋もある可か、兼て厳令お伝へて、間閻至賤の細民の分、出産の節は、両隣又は向側などの内、手近き者両人立合見届くるやうにと、町年寄家主より堅く申付置、七夜の内に其親小児の名お書つけ、両隣附添家主へ届け、早々町の人別に入べし、若養子に遣はす約あらば、其旨お両隣ともに、右の通りとヾけ出て、町より囉ひ方お一応みとヾけの人遣はし、其家主へとヾけ置べし、囉ひたる町も、両隣立合、右の通にして速に町の人別に入べし、もし又勝手に附、暫く親類に預けたきと雲ふものは、あづけたる時戻りたる時、両町互に相届くべし、あづかりたる両隣も右同段なり、