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明良洪範
二十四
大母殿
大母殿、台廟〈○徳川秀忠〉の御乳母にて賢良の女なり、其子某事は、山中源左衛門の党類なるによつて、流罪に仰せ付られ、其後大母殿は、台廟の御尊敬あさからず、徒然おなぐさめん為に、毎月三四度づヽ茶の子お賜ひ、近習の女中など遣はされ、咄しなどいたし、これおなぐさめらる、此大母殿、月に一二度づヽ定まりたるなぐさみあり、〈○中略〉
春日局
春日局は、明智日向守が臣斎藤内蔵助利三が娘也、幼名は福と雲り、母は稲葉刑部少輔通明が女也、福女は稲葉佐渡守正成が妻となる、丹後守正勝、同七之丞正定、内記正利お産めり、佐渡守は筑前中納言家お立のひてより、義おまもり何れの諸侯へも仕官おもとめず、本国濃州に居れり、関東にて若君〈○徳川家光〉御誕生により、然るべき御乳母お京都におひて求めらるヽに、みな人関東おおそれて、誰も召に応ずるものなきゆへ、粟田口に札おたて尋ねもとめらるヽことお聞て、此女上京して、板倉伊賀守勝重に寄て、我等がごとき賤しきものにても宜しく候はヾ、関東へ罷下るべしといふ、勝重も俗性といひ、夫と雲、何れも武名高お以て許諾せられ、速かに関東へ下し、其後佐渡守正成お召出されんと有しに、妻の脚布に包まれて出る様なる士にては無迚御受申さず、其上存寄有迚、其妻お離別しける、然れども彼が産たる子なれば、此は其方へ与ふる也とて、稲葉丹後守兄弟おば関東へ送りける、先年正成が家へ盗賊入し時に、此妻出合て盗賊二人お斬殺し、残盗お追払ひたりし、其刀は紀の正恒にて、今に稲葉備前守正員の家に伝ふと雲り、〈○下略〉