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今物語
伏見中納言といひける人のもとへ、西行法師行て尋けるに、あるじはありきたがひたる程に、さぶらひの出て、なにごといふ法師ぞといふに、えんにしりかけて居たるお、けしかるほうしの、かくしれがましきぞと思ひたるけしきにて、侍共にうみおこせたるに、みすのうちに筝の琴にて、秋風楽おひきすましたるお聞て、西行此侍にもの申さむといひければ、にくしとは思ひながら立寄て、何事ぞといふに、みすのうちへ申させ給へとて、 ことに身にしむ秋の風かな、といひでたりければ、にくきほうしのいひごとかなとて、かまち(○○○)おはりてけり、西行はふ〳〵帰りてけり、後に中納言のかへりたるに、かヽるしれ物こそ候つれ、はりふせ候ぬとかしこがほにかたりければ、西行にこそありつらめ、ふしぎの事也とて心うがられけり、此侍おばやがておひ出してけり、