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太平記
二十一
天下時勢粧事
朝廷の政、武家の計に任て有しかば、三家の台輔も、奉行頭人の前に媚お成し、五門の曲阜も執事侍所の辺に賄ふ、されば納言宰相なんど、路次に行合たるお見ても、声お学び指お差て、軽慢しける間、公家の人々いつしか、雲も習はぬ坂東声おつくひ、著もなれぬ折烏帽子に額お顕して、武家の人に紛んとしけれ共立振舞へる体さすがになまめいて、額付の跡以外にさがりたれば、公家にも不付、武家にも不似、隻都鄙に歩お失し人の如し、