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蒹葭堂雑録

安永七年戌の春、豊後国の産なりとて、耳四郎といへる者お観物に出せり、其芸といふは、耳にて物お言お一奇とす、先始め耳より声お出し、或は大文字屋の歌お諷ひ、大声お出せば、竹細工の象独楽のごとく聞へ、夫より種々歌お諷ひ、三絃に合せ、見物お嬉ばしむ、若や口の中に笛など仕掛あらんとの見客の疑ひお晴さんため、田葉粉お吸〈ひ〉々〈ひ〉声お出せり、実に希代の奇芸なりとて、大に繁昌せり、耳は声お聴お主る者なるに、耳お瓔て言語お発すること、其類なることお未聞ず、