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今昔物語
二十八
池尾禅珍内供鼻語第二十
今昔、池の尾と雲ふ所に、禅珍内供と雲ふ僧住き、身浄くて真言など吉く習て、勤に行法お修して有ければ、池の尾の堂塔僧房など露〓たる所無く、常灯仏聖なども不施ずして、折節の僧供寺の講説など滋く行はせければ、寺の内に僧坊隙ま無く住賑はひけり、湯屋には寺の僧共湯お不涌さぬ日無くして、浴喤ければ賑はヽしく見ゆ、此く栄ゆる寺なれば、其の辺に住む小家共員数出来て郷も賑はひけり、然て此の内供は鼻の長かりける五六寸許也ければ、頷より下てなむ見えける、色は赤く紫色にして、大柑子の皮の様にしてつぶ立てぞ㿺たりける、其れが極く痒かりける事無限し、然れば提に湯お熱く涌して、折敷お其の鼻通る許に〓て、火の気に面の熱く炮らるれば、其の折敷の穴に鼻お指し通して、其の提に指入れてぞ茹、吉く茹て引出たれば、色は紫色に成たるお、nan業に臥して鼻の下に物おかひて、人お以て踏すれば、黒くつぶ立たる穴毎に、煙の様なる物出つ、其れお責て踏めば白き小虫の穴毎に指出たるお、鑷子お以て抜けば、四分許の白き虫お穴毎より抜出ける、其の跡は穴にて開てなん見えける、其れお亦同じ湯に指入してさらめき、湯に初の如く茹れば、鼻糸小さく萎み暖て、例の人の小き鼻に成ぬ、亦二三日に成ぬれば、痒くして㿺延て、本の如くに腫て大きに成りぬ、如れ此くにしつヽ腫たる日員は多くぞ有ける、然れば物食ひ粥など食ふ時には、弟子の法師お以て、平なる板の一尺許なるが、広一寸許なるお鼻の下に指入れて、向ひ居て上様に指上させて、物食畢まで居て食ひ畢つれば打下して去ぬ、其れに異人お以て持上さする時には悪く指上ければ、六借くて物も不食成ぬ、然れば此の法師おなむ定めて持上させける、其れに其の法師心地惡くして不出来時に、内供朝粥食けるに、鼻持上る人の無かりければ、何かせむと為るなど繆ふ程に、童の有けるが、己はしも吉く持上てむかし、更によも其の小院に不劣じと雲けるお、異弟子の法師の聞て、此の童は然々なむ申すと雲ければ、此童中童子の見目も穢気無くて、上にも召上て仕ける者にて、然ば其の童召せ、然雲はヾ此れ持上させむと雲ければ、童召将来ぬ、童鼻持上の木お取て直しく向ひて、吉き程に高く持上て粥お飯すれば、内供此の童は極き上手にこそ有けれ、例の法師には増たりけりと雲て粥お飲る程に、童顔おnan様に向て鼻お高く簸る、其の時に童の手篩て、鼻持上の木動ぬれば、鼻お粥の碗にふたと打入つれば、粥お内供の顔にも、童の顔にも多く懸ぬ、内供大きに嗔て、紙お取て頭面に懸たる粥お巾つヽ、己は極かりける心無しの乞丐かな、我に非ぬ止事無き人の御鼻おも持上むには、此やせむと為る不覚の白者かな、立ね己と雲て追立ければ、童立て隠れに行て、世に人の此る鼻つき有る人の御ばこそは、外にては鼻も持上め、嗚呼の事被仰るヽ御房かなと雲ければ、弟子共此れお聞て外に逃去てぞ咲ける、此れお思ふに実に何かなりける鼻にか有けむ、糸奇異かりける鼻也、童の糸可咲く雲たる事おぞ、聞く人讃けるとなむ、語り伝へたるとや、