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陰徳太平記
二十三
尼子晴久殺新宮党事
晴久の右筆に、末次讃岐守とて、極めて鼻の高大なるありて、孔子の隆鼻、高祖の隆準など雲にも過て、鼻孔遼天に其息雷おなせり、末次或時富田の城へ出仕して広縁に畏りけるに、式部大輔折節登城して、広縁お過られけるが、末次お屹と見て、高くて可宜女が武名は左も無て、由なき鼻の高さよとて、大なる指指出し、無手と撮て被捻たり、さしも大力の仕業なれば、末次鼻砕け衄血流れて絶入し、頓て大に腫まどひて百日余り病痛せり、