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松屋筆記
六十四
噴嚏(はなひる)くさめ
新撰字鏡連字部に、噴嚏波奈比留(はなひる)雲々、倭名抄鼻口類部に、玉篇雲、嚏丁計反、噴鼻也、和名波奈比流雲々、袖中抄廿の巻、となりにはなひる条に、
いでヽいかん人おとヾめんよしなきに隣の方に鼻もひぬかな、〈与清曰、古今の俳諧歌也、〉顕昭雲、はなひるは何事にもよからぬ事也、年始にもはなひつれば、いはひ事おいひて祝ふ也、されば人のものへいかんずるはじめに、隣の人のはなひんお聞ても、くすしからん人は立かへるべき也、毛詩には、嚏雲、人道我、又願言則嚏、四分律雲、時世尊〓、諸比丘呪願言長寿、時有居士、〓乃礼拝比兵、仏令比丘呪願言長寿、今按に、今俗正月元日、若早旦、〓、即称曰千秋万歳急々如律令是縁也、何隻々在元日哉、尋常に禱之、又万葉雲、〈与清曰、十一の巻に見ゆ〉
うちなげき鼻おぞひつる剣太刀身にそふ妹が思ひけらしも、此歌は思ふ人こんとてはなひると見えたり、又雲、〈同十一の巻に見ゆ、〉
まゆねかきはなひひもとけまつらんやいつしか見んと思ふわが君、これも同心也、奥義抄雲、はらへするに、はなひるもいむ事也、或物雲、人の事お思ひくはだつるに、はなひつれば協はずといへり雲々、古今集俳諧部宗祗注に、鼻おひるは凶事侍れば行まじき、呪に隣に鼻おひよかしと也雲々、栄雅抄に、人おとヾめんよしなければ、いかにせん、隣に鼻ひよかしと思へど、それさへひぬと也、常にもはなひる短命の相と雲て、世俗にはなひるに、千万歳やなどいはふも、凶事と知ての事なり雲々、家伝にはなおひるお出行に嫌ふと、世話にいへり雲々、拾芥抄上本巻議容部に、嚏時容くさめのときの事、休息万命、急々如律令、くさめと雲は是也雲々、徒然草四十七段に、或人清水へ参りけるに、老たる尼の行つれたりけるが、道すがらくさめくさめといひもてゆきければ、尼御前なに事おかくはのたまふぞととひけれども、いらへもせず、猶いひやまざりけるお、度々とはれて打はら立て、やヽはなひたるとき、かくまじなはねば死ぬる也と串せば、養ひ君のひえの山にちごにておはしますが、たヾ今もやはなひたまはんとおもへば、かく申ぞかしといひけり、ありがたき心ざしなりけんかし雲々、貞徳の慰草〈二の巻廿五丁〉に、毛詩の注瑣砕録、漢書芸文志、雑占、李済翁資暇集、容斎随筆など引て注せり、簾中抄略容部に、はなひたるおりの誦休息万命、急々如律令、くさめなどいふは是にや雲々、按にくさめとは、鼻お颺(ひる)時、くさめといふゆえ也、今俗、はあくつしようといふは、はあくさめの訛也、はあも発音なり、容斎随筆四の巻に、今人噴嚏不止者必唾、祝雲、有人説我、婦人猶甚、予按、終風詩寤言不寐、願言則嚏、鄭氏揃雲、我其憂悼而不能寐、女思我心如是、我則嚏也、今俗人嚏雲、人道我、此古之遺語也、乃知此風自古以来有之雲々、