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梅園日記


我国の人、落たる歯おあつめて、高野山、或は黒谷などへ納るものあり、もろこしにも、万暦普陀山志に載たる、聊城人伝光宅が普陀山大士塔下蔵○牙志に、嘉靖初年、有南峯和尚、過山東之霊巌寺、遺一歯、請僧転呪、蔵之塔下、作○牙記、詞意精妙、太啓後学、余茲来南海、留三日、去而為風涛所阻、復返山中、是日大病、夜深方愈、次日、忽虫食残牙自落、余因法南峯和尚之旨、且答大士摂受之恩、赤請僧転呪、埋於塔下、〈○中略〉此牙得蔵宝地、依大士慈光、則我身心全体、在光中也雲々、また小児のぬけ歯、上歯は地上に捨、下歯は屋根に上る、是もろこし人の説也、養生類纂に、小児退歯、上齦者置床下、下齦者抛屋上、雲使歯速生、注に、瑣砕録とあり、〈按博聞類纂又此説あり〉又歯の痛に呪して、紙一枚お畳みて柱にあて、釘にて打つくる事、事林広記に出たり、