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今昔物語
十三
一叡持経者聞死骸読誦音語第十一
今昔、一叡と雲ふ持経者有けり、幼の時より法花経お受け持て、日夜に読誦して年久く成にけり、而る間一叡志お運て熊野に詣でけるに、宍の背山と雲ふ所に宿しぬ、夜に至て法花経お読誦する音倣に聞ゆ、其音貴き事無限し、若し人の亦宿せるかと思て、絡夜此れお聞く、暁に至て一部お誦し畢つ、嵯て後其の辺お見るに宿せる人無し、隻屍骸のみ有り、近寄て此れお見れば、骨皆烈て不離ず、骸の上に苔生て、多く年お積たりと見ゆ、髑髏お見れば、口の中に舌有り(○○○○○○○)、其舌鮮にして生たる人の舌の如し、一叡此れお見るに奇異也と思て、然ば夜る経お読奉つるは、此の骸にこそ有けれ、何なる人の此にして死て、如此く誦すらむと思ふに、哀に貴くて泣々く礼拝して、此の経の音お尚聞かむが為に日其の所に留りぬ、