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塵塚談

小便は世人は勿論、医者も湯茶の飲水下るものと思ふがおほし、左にはあらず、猶湯茶の飲水より起るといへど、湯茶のみにてはなし、穀肉の食物が小便となる物也、予〈○小川顕道〉五十二歳の時、養生所へ本郷五町目より四十三歳の女来り、我等治療す、此もの病といふは.煎薬は勿論、湯茶一滴もすヽる時は即ち吐し、飲水少しも口中へ入る事あたはず、飯お喰ふに、箸お汁へひたし、飯へふりかけ喰ふ、外に疾病なし、此一事のみにして、小便の通じ壮歳の婦女のごとし、たヾ遠きのみ也、予いろ〳〵と考へ、蘂お用ひけれど治せずして帰りたり、或は寝小便する若輩ものお見るに、大食なるものにて、飲水はすこしなり、馬お豆葉枯草糠大豆のみおはませ、飲水はあるかなきかにして、小便は火しく通ず、鼠なども右のごとし、又石蘂鹿角の類のうるほひのなきものよりも、脂おとれば出るなり、是等お以て、小便の飲水のみにあらざるお推て知るべし、世人の小便は、飲水のなる物と思ふもむべ也、香月先生雲、小便は、湯茶の飲水より小便となると説り、名いる良医なれど、穀肉より小便の生ずる事に心付給はず、知る者の一失ともいふべし、