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陰徳太平記
十四
大内義隆朝臣敗軍附晴持最後之事
此家主、年の比八十許なる大の禅門なり、小鬢の外に鎗疵と見ゆる所有て、物言たる様など気高く、昔は何某など雲れつらんと覚しきが、火の然(もへ)兼たるお見て、廂の柱一二本引折て、炉中へ切くべ、〈○中略〉某は塩冶掃部助が普代の郎等にて候しが、掃部、尼子経久の為に討れて後は、二君に不仕と存じ、〓(もとゝり)切て村民と成、耘耕お命として光陰お送り、齢已に八十に及候へば、老木の春お待て、花咲べき栄えお願ひ申にも非候、