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歴世女装考

今の鬢(びん)の状は古風なる証
新撰字鏡〈此書は今より千年にちかき字書なり〉に、鬇鬤(さうたう)お不久太女利(ふくだめり)と訓たり、後のものには、壒囊抄に、〓氋(れいまう)おふくだむとよめり、うつぼ物語〈国のゆづりのまき〉みぐしおほとのごもりふくだめたれど、いとけちかくうつくしげなり、又源氏紅葉賀、しどけなくうちふくだめ玉へるびんくき、又枕のさうし〈巻二〉髪は風にふきまよはされてうちふくだみたるなど、皆是寝起たる所にいへれば、ふくだむ彭〓撓(ふくれたはむ)のよしにて、すべらかしの髪お枕にしきてねるゆえに、びんのふーれたる癖のつく也、後世には殊にびんおふくらめて飾となしけん、女中心得書〈東山殿比の聞書〉に、びんのふくらめはすこしたるべし、はり出たるはいやし、心あるべしとあれば、四百年前のすべらかしさへ、すこしびんお出したる也、女重宝記に、鬢もおしいだす事、すぎたるは鳥かぶときたるやうにて見にくしとあれば、元禄のむかしも、びんは出したれど、かのびんさし流行(はやり)て、甚しくなりしが、やヽすたれ、今の市風の鬢は復古と雲べし、