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古事記伝

黒御鬘、すべて加豆良(かづら)に三の品あり、葛〈蔓も同じ〉と鬘と髪となり、まづ葛は葛(くず)かづら五味忍冬(さねかつらすひかづら)など、凡て蔓草のことなり、鬘は頭の飾に懸る物なり、〈古書に蘰とも縵とも䰓とも書り、蘰は字書に見えず、縵は見えたれども鬘意なし、䰓は鬘のかきざまの異なるなり、〉髲は和名抄に、和名加都良、釈名雲、髪少者所以被助其髪也と有て、俗に加毛自と雲物なり、かくさま〴〵あれども、本は一より転れる名にて、草の葛より出たり、さて其葛の本の名は都良にて、記中に、登許呂豆良都豆良(とここづらつゞら)、書紀、万葉に、磨左棄逗囉(まさきづら)、和名抄に、千歳蕾百部あまづらほとづらなど雲、〈これらの都良お、加豆良乃略と思ふは本末たがへり、〉忍冬も字鏡には須比豆良(すひづら)とあり、〈拾遺集雑下に、さだめなくなる瓜のつら見てもとよめるは、蔓に頬お雲かけたるなり、今都留と雲は、都良のうつれるなり、弓の弦おおも、万葉に都良ともよめり、馬具の轡䪊頭の都良も、草の蔓よりぞ出けむ、轡は手綱のことなり、〉さて何にまれ蔓草お以て頭の飾にかくるお、髪葛(かづら)と雲、是即鬘なり、さて然鬘に用るから、立かへりて草の葛おも加豆良とは雲ならむ、又髪も髪お飾具なれば、鬘とおなじ名お負せつらむ、さて鬘は、上代には女男ともに懸る物にて、蔓草お用ひしおば石屋戸の段に真拆おかけしお始て、日影鬘など、又必しも蔓ならねど、花蔓菖蒲鬘木綿鬘などあり、〈これらも加豆良と雲名は、蔓草より出たるなり、〉又糸などお以ても作りしにや、珠おかざること、天照大御神の御飾〈宇気比の所〉に見えたり、玉鬘と雲は是なり、〈髲にも葛にも玉かづらと雲は、此の玉鬘の名おうつして呼か、又たゞほめていふもあるべし、〉穴穂宮御段に、押木玉縵と雲も有て、貴き宝なりしこと見ゆ、万葉に波禰蘰と雲こともあり、〈蘰字は、此物草にても糸にても造るゆえに、設けたる字にや、しか此方にて作れる字多し、縵も本の字義にはかゝはらで、右の意もて用るなるべし、和名抄に、花蔓お伽藍具に載たれども、これももと天竺の人の頭のかざりなり、〉さて此に黒とあるは、色以て雲なるべけれど、何物にて何如作れりとも知がたし、〈都豆良お黒葛とかけども、そは此に由なし、此黒字久漏伎と訓はわろし、殊に其色おことわらむこと、こゝに用なく聞ゆればなり、さればくろみかづらと訓べし、其久漏も色もて雲にはあれど、如此よむときは、鬘の一種の称となりて、古言の例にかなへばなり、〉蒲子(えびのみ)の成れるに就て思へば、此鬘のさま、蒲葡葛に似て、玉お垂たるが、彼実のなれる形にや似たりけん、色の黒かりけんも、彼実によしあるにや、