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燕石雑志
五下
風俗或問〈○中略〉 亦悶男子の月額(さかやき)剃ことばいづれの御時にはじまりし、答雲、月額は内兜お透せん為に、梶原景時がはじむといひ伝へたれど、慥なる所見なし、いづれにも鎌倉将軍のときに起りしならん、太平記巻の五、大塔宮熊野落のとき、戸野兵衛おたのみ給ふ段に、〈○中略〉月額(さかやき)の跡かくれなし雲々、月額の事、物に書たるは、これはじめ歟、友人修静菴ぬしの説に、さかやきは馬およく見せん為に、その毛お焼ことあれば、それに擬して、挟毛焼(さかやき)といへるならん、月額の二字は、荘子の馬蹄篇に見えたりといへり、今按するに、さかやきは頭毛焼(さかやき)なるべし、頭おさきと読り、鶏頭(けいとう)の和訓とりさきのりお略し、きおかに通はして、とさかといふ如く、さきのきお略し、けおかにかよはして、さかやきと唱、月題の二字お当たり、今俗は月代と書、その義いよ〳〵遠し、〈○中略〉かヽれば、男子のさかやきも、昔は五寸ばかり残して、俗に立髪と唱、今百日鬘と唱る類、古画に見えたり、