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独語
つく〴〵と百年この方の風俗お思ひくらぶるに、余所のことおばおいて、江戸の人の風俗こそ殊に昔にかはりたれ、〈○中略〉寛永の比迄は、婦女細き麻縄にて髪お束ねて、其の上お黒き絹にて巻きしに、其の後麻縄おやめて紙にてゆふ、越前国より粉紙にて、元結紙と雲ふものお造り出だし、海内の婦女みな是お用ふ、夫より絹にて巻く事もやみぬと、我が父正しく是お見て語り聞かせり、今の人聞きては信とせず、凡男女の髪かたち、我等が見及びてよりこの方も、幾かはりかしつらん、今は音のかたものこらず、昔の婦人は、髪多く長きおたけにあまるなど雲ひて誉めしに、近比は髪少く短きおよしとする風俗になりて、髪多き女は、髻の内お、或はきり、或は剃りて少くする、此の風俗は京の婦女より移り来れり、此のことに限らず、都べて男女の風俗、詞づかひ、物の名まで、近比は京に似たること多し、