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松屋筆記
百三
振分髪(ふりわけがみ)
按小児生て七日許に、はじめて胎毛(うぶげ/○○)お鋏取お棄髪(かみそぎ)といふ、然て二三歳までは羅髪(ちヾれがみ)の体也、それより髪置とも、深曾木とも、尼曾木ともいひて、肩のほどにくらべて髪の末お鋏取、八歳まで此体にてあるお、和良波(○○○)とも、振分髪ともいふ、和良波は髪の下端のわら〳〵と乱垂たるよりいふ名、振分髪は、項(くび)より左右の頬に、毛の殍れ下れるよりいへる名也、八歳の後は、女童はやヽ毛お延して、肩お過ぐる許に下げ、中間の毛お取分て、頂上にて束ね結ひ、宇奈為(うない/○○○)とす、束髪お宇奈為といひ、廻りの垂下れる振分髪お波奈利はなり/○○○
といふ、宇奈為波奈利(○○○○○○)とは、につお合せて呼る名也、こヽは女見の歳いまだ十三四にもいたらずして、挙て女の体に成には、短き振分髪なれば、春草(わかくさ)お仮髪(すえ)にしてか挙結らんと、思ひやりてよめる也、多久は手操(たく)にて、手操(たぐり)て、髪挙(かみあげ)する事也、
伊勢物語〈廿三段〉に
くらべこしふり分髪も肩過ぎぬ君ならずしてたれかなづべき、按果句諸本たれかあぐべきに作れるはよろしからず、今は朱雀院塗籠御本に据る、こは万葉集十三巻〈廿四丁右〉長歌に、歳乃八歳〓(としのやとしお)、鑽髪乃(きるかみの)、吾何多髪過(わがかたおすぎ)、橘(たちばなの)、末枝乎過而(ほづえおすぎて)、此河能(このかはの)、下文長(したもながく)、女情待(ながこヽろまて)、とあるお拠にてよめる歌也、おもふに、振分髪も肩過ぬといひ、男おおもふ心も切なれば、女見十一二歳許の時の歌なるべし、