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歴世女装考

髪お洗ふおすますといふ古言
今物お洗ふおすますといふ女詞いと古し、うつぼ物語〈楼の上の巻下の上〉七月七日、いぬ宮御ぐしすまさせ玉ふとて、ろうの南なる山いのしりひきたるに、〈泉お引たる庭内の細き流れ〉はまゆか〈かど丸のしやうぎ〉水のうへにたてヽ、ないしのかみ、もろともにおはす、それもすまし〈髪お〉ためり、人もみえぬかたなれど、ほうしやうひかせ玉へりとあり、さればすますといふ詞は、八九百年前よりありしおしるべし、七月七日に、油の物おあらへば、よくおつる事妙なるゆえ、〈おのれこゝろみていふ〉髪お洗ひ玉ひしならん、おなじ物語のうちに、七夕に宮女加茂川にいでヽ髪あらふ事、藤原の君の巻にみゆ、さてこヽにほふせふとあるは、今の幕のやうなる、物なり、〈唐土にもある物にて書見多し〉女が髪あらふには肌もあらはなるゆえ、歩障お引たるなめり、〈ほふせふとよぶは音便なり〉赤染衛門集、〈巻一〉はやうすみしところに、かしらあらひにいきて、ふるさとのいた井のなかはすみながらわがみづからぞあくがれにける.と灰汁にいひかけたれば、水灰汁にてもあらひしならん、伊勢が集にも井水に沐歌みえたり、是びんつけ油なき世なれば也、