[p.0598]
醍醐随筆
下末
一ある人のめしつかひける下女、日くれて閨に入て髪お梳りぬ、灯もなくてくらかりしに、けづる度に髪の中より火焔はら〳〵とおつる、おどろきてとらんとすればきえてなし、又梳れば又出る、蛍などのおほくあつまりて、飛散(とびちる)がごとし、件の女はしりてあるじにうつたふ、一家こと〴〵くあつまり見て、ためしなき物のけなりとて、彼女お追うしなふ、女なく〳〵まどひありきけるが、如何はしたりけん、富家の妻と成て子孫さかへけるとぞ、代酔編に、王行甫がいひけん、家兄嘉甫が衣お解は、つねに火星まろび出る、又頭お梳れば髪髻の中より品熒流落す、これは陽気茂熾の給也、貴徴にあらざれば寿徴なりと有、件の女すこしもたがわず貴徴にやとおぼふ、又博物志に、積油満万石自然生火といへり、むかし晋の武庫やけぬるお、張華油幕万匹お積める故也といふ、此等おもて見れば、女つねに髪に油おつけぬるが、湿熱にむされて髪髻より火星いでけるにや、しからば女ごとにしか有べきに、いづれいぶかしき事也、