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近世百物語

婆体三千丈松平肥後守足軽見部源八妻つるといふ者、もと相州出生のよし、一体血の道持病にて、兎角気おふさぐ証なりしに、三十五六歳の頃より頭髪常より殊の外伸び、五十五六歳に至り、凡髪の長さ六尺余りに成り、結びし余り畳お曳ごとくなれども、固より病証なればにや、少しも無理におさめなどすれば、即時に気分あしく、夜分なども臥せる夜具など畳みし上に倚かヽり、漸々眠に就けり、さるあひだ食事の世話などはせしかど、他行は決して許さヾりしよし、是亦一奇病なるべし、