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奇異雑談

江州枝村にて客僧にはかに女に成し事〈並〉智蔵坊の事
それがし〈○中村某〉若年のとき、江州島郷に数日逗留する事あり、諸人しゆ〴〵ざうだんの中に、一人の老者かたりていはく、当国枝村といふ宿に、むかしふしぎの事あり、たとへば年廿ばかりなる客僧一人きたりて一宿す、そのかたち美容にして、比丘尼に似たり、言声形儀は僧なり、其夜大雨ふりて、翌日もはれず、かるがゆへに日とまりす、此人夜あけてより、そのすがた軟弱にして、ぎやうぎ音声へんじて女と見えたり、亭主あやしく思ひて、いづかたより御とほり候ぞといへば、我我はえちこの者なるが、丹波の大野原の会下に、二三年ありて、いまえちこへくだり候といへば、亭主、丹波の事ぶあんないなり、ゆへにくはしくはとはず、そのすがたあやしきゆへに、僧にて御入候か、比丘尼かととへば、うちわらひて、比丘尼にて候とこたふ、亭主おもしろくおもひて、その夜ふし所に行てとりかヽれば、じたいすれどもついにしたがふて嫁宿す、常のごとし、亭主先婦おうしなひて、やまめなるゆへ、さいはひの事なり、夫婦となり、これにとめ申べきといへば、比丘尼やうじやうす、すなはちつヽみて髪おながくす、ほどなくくはいにんして男子お生ず、やしなひて好子おえたり、〈○下略〉