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今昔物語
十三
周防国基灯聖人誦法花語第廿五
今昔、周防の国大島の郡に基灯と雲ふ聖人有けり、若くして法花経お受け習て、日夜に読誦して身命お不惜ず、毎日に卅余部お誦する事解怠無し、年百四十余(○○○○○)にして腰不曲ず、起居軽く、形貌極て若くして、僅に四十計の人の如し、眼こ明にして遠き物お見るに障無し、耳利くして遥の音お聞くに滞り無し、然れば世の人此の聖人お、六根清浄お得たる聖人也と雲けり、亦哀の心深くして智り弘し、草木に付ても此れお敬ひ、何況や生類お見ては仏の如くに礼拝す、老に臨むと雲へども、身に病無くして、隻偏に生死の無常お厭ひ悲むで、法花お読誦して浄土に生れむ事お願ふ、此れお思ふに、現世に命長くして身に病無し、此れ偏に法花経お読誦せる威力の致所也、然れば後生亦浄土に生む事疑無しとなむ、語り伝へたるとや、