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常憲院殿御実紀附錄

むかしある国の守は、短慮(○○)いはんかたなく猟に出でたる折からに、暴風砂お吹きて、口に入れどもうがひだにせずして、食物に砂ありとて、給仕の輩おしりぞけなどし、隻諂ひ媚ぬる族お容れて、忠ある臣下お損ずること数多なりしが、ある時いかにして心やつかざりけん、鯉のあつ物の中に、釣ばりのありけるお取り出だして、膳の上に載せおき申されけるは、かゝる麁略の調理いたす者は、みないとまお遣すべし、庖丁の者には、切腹申しつくべきなりとありければ、料理せしものは、切られにけりとぞ、飲食のために、人お失ふこと、心あるべきことなるべし、梁の昭明太子は、飯の中に蠅の死したるがありしお、箸もて取り出で、給仕の輩に見せじと、膳部のかげに隠されしとぞ、いとありがたきことゞもなり、