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源平盛衰記

有子入水事
偖も有子の内侍は、徳大寺何となき言の葉お得て、思日日にぞ増りける、千早振神に、祈おかくれ共、其事協ふべきにあらねば、浮世につれなくあればこそ、係忍難事もあれ、千尋の底に沈みなばやと思つヽ、舼舟に便船して、有し人の恋さに、都近所にて兎も角もならんとて、波の上にぞ漂ける、責ての事と哀也、船の中の慰には、琵琶の曲おぞ弾ける、〈○中略〉有子終に摂津国住吉の澪の沖にて、船に立出つヽ、海上はるかに見渡て、
はかなしや浪の下にも入ぬべし月の都の人やみるとて、と打詠て、忍やかに念仏申て、海中へぞ入にける、