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宇治拾遺物語
十四
これもいまはむかし、〈○中略〉あるときわかき女房どものあつまりて、庚申しける夜、この入、道の君、かたすみにほうけたるていにていたりけるお、夜ふけけるまゝに、ねぶたがりて、中にわかくほこりたる女ばうのいひけるやう、入道の君こそかゝる人はおかしきものがたりなどするぞかし、人々わらひぬべからんものがたりし給へ、わらひてめおさまさんといひければ、入道おのれは口てづゝにて、人のわらひ給中のものがたりは、えし侍らじ、さはありと、もわらはんとだにあらば、わらはかしたてまつりてんといひければ、物がたりはせじ、たゞわらはかさんとあるは、さるがくおし給ふか、それは物がたりよりはまさることにてこそあらめとまだしきにわらひければ、さも侍らずたゞわらはかしたてまつらんとおもふなりといひければこはなに事ぞ、とくわらはかし給へ、いづら〳〵とせめられて、なににかあらん物もちて、火のあかきところへいできたりて、なにごとせんずるぞとみれば、算のふくろおひきときて、さんおさらさらといだしければ、これおみて女房ども、これおかしき事にてあるか〳〵と、いざ〳〵わらはんなどあざけるお、いらへもせで、算おさら〳〵とおきいたりけり、おきはてゝひろさ七八分ばかりの算のありけるお、一とりいでゝ手にさゝげて、御ぜんたちさはいたくわらひ給てわび給なよ、いざわらはかしたてまつらんといひければ、その算さゝげ給へるこそおこがましくておかしけれ、なにごとにてわぶばかりはわらはんぞなど、いひあひたりけるに、その八ふんばかりの算おおきくはふるとみれば、ある人みなながら、すゞろにえつぼに入にけり、いたくわらひて、とゞまらんとすれどもかなはず、はらのわたきるゝ心ちしてしぬべくおぼえければ、なみだおこぼし、すべきかたなくて、えつぼに入たるものども、物おだにえいはで、入道にむかひて手おすりければ、さればこそ申つれ、わらひあき給ぬやといひければ、うなづきさはぎて、ふしかへりわらふ〳〵手おすりければ、よくわびしめてのちに、おきたる算おさら〳〵とおしこぼちたりければ、わらひさめにけり、いましばしあらましかば死なまし、またか計たへがたきことこそなかりつれとぞいひあひける、わらひこうじてあつまりふして、やむやうにぞしける、