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沙石集
三下
厳融房与妹女房問答事
中比甲斐国に、厳融房といふ学匠有けり、修行者おほく給仕奉事して学問しけり、あまりに腹あしき上人にて、修行者共、時非時さばくりかようするに、湯のあつきもぬるきもしかり、おそきおも腹立、疾もてきたれば法師に物くはせじとするかとて、くひさして打置てしかりけり、其あはひお見んとて、障子ひまよりのぞけば、あれはなにお見るぞとて、弥よ腹立ければ、常には心よからずのみ有けれども、よき学匠なりければ、忍て学問しけり、妹の女房〈○中略〉とばかり有て、涙おしのごひて、抑人の腹立候事は、あしき事力、又くるしからぬ事かといへば、それは貪嗔痴の三毒とて、宗との煩悩の一なり、疑にやおよぶ、おそろしき過也といふ時、などさらばそれほどに御心得あるに、御はらはあまりにあしきぞといふに、はたとつまりて、いひやりたる事はなくして、よしさらばいかにも思さまになげき給へとて、しかりて出にけり、誠につまりてけり、V 徒然草