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平家物語

ふじ川の事
その夜〈○治承四年十月二十三日〉の夜半ばかり、ふじのぬまに、いくらも有ける水鳥どもが、なにゝかはおどろきたりけん、一どにばつと立ける羽おとの、いかづち大風などのやうに聞えければ、平家の兵共、あはや源氏の大勢のむかふたるは、〈○中略〉こゝおばおちて、おはり川すのまたおふせげやとて、取物もとりあへず、我さきに〳〵とぞおち行ける、あまりにあはてさはひで、弓取ものは矢おしらず、やとるものは弓おしらず、我が馬には人のり、人の馬には我のり、つなひだる馬にのつてはすれば、くいおめぐる事かぎりなし、そのへんちかき宿々より、ゆう君ゆふ女どもめしあつめ、あそびさかもりけるが、あるひはかしらけわられ、あるひはこしふみおられて、おめきさけぶ事おびたゞし、