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甲子夜話
二十八
男女の道は人の常なるに、又たまさかには偏気お受て生るヽ人も世にあり、信州お領せる或侯の、婦女お殊更に嫌て、そのにほひおも厭と雲、夫ゆえ奥方も有れど、対面せらる迄にて、各所に離居し、すべて女は近づき寄せぬこととぞ、又領邑に鯨漁お業として富る者あり、婦女嫌にて、下女など厨下に奔走するの外、身近くには女なし、然ども妻なきと雲ては、吝嗇のそしりお受とて、京都又は近領富家の娘お妻に迎ふに、もとより別居して、たまさかに呼見のみの体ゆえ、妻も巻はてヽ遂に別れ去るとぞ、此類の人は天地の偏気お受たるなるべし、