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明良洪範
十一
古老の物語りに、嫉妬する婦人は早く離別すべき事也、大身小身によらず、妻の嫉妬より国家お失ふ事、古今少からず、聖人七去の中に嫉妬お加へ給ふも宜也、完文年中に、水野信濃守元知、又高力左近将監降長、此両家の改易になりしも、其本は内室の嫉妬より起りし事也、又慶安年中に、寺沢兵庫頭忠高妻お相馬家より娶れり、其内室嫉妬の心より実家の相馬家へ帰て、再び忠高方へ来らず、此事お苦労にし、忠高つひに自殺し家亡びたり、又加藤式部少輔明成、京極若狭守忠堅、此二将は内室の嫉妬お厭て、妾腹の男子あるお国許へ隠し置き、披露せざりし故に血統お絶す、福島左衛門大夫正則は、世に聞えし強勇の将なれども、内室嫉妬の事より怒て長刀おつ取り切んとする時、正則色お変じて表広間まで逃出して、近士に雲けるは、我戦場に於て是迄敵に後ろお見せし事なけれど、今日は畳の上にて敵に後ろお見られたり、さても女の怒れる程、すさまじき物はなしと語りけると也、又内藤帯刀忠興の内室は、世上に沙汰せし大嫉妬の惡女也、妾の懐妊したる事お聞出し、何気なき体にて其妾お招き、懇に浮世話しなど咄しのついでに、御身は殿様の御胤おやどしたる由、誠に愛度事也、安産の為め腹おさすりやらんとて、化粧の間へ連行き、仰向にねかし置きて、兼て用意仕置きたる火のしに、火お山の如く入たるお持出し、其妾の腹の上へ載、焼殺しける、〈○下略〉