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甲子夜話

著聞集に鬼に瘤お取られたると雲こと見ゆ、是は寓言かと思ふに、予〈○松浦清〉が領内に正しく斯事あり、肥前国彼杵郡佐世保と雲ふ処に、八弥と雲農夫あり、左の腕に瘤あり、大さ橘実の如し、又名切谷と雲る山半に小堂あり、観音の像お置く、坐体にして長一尺許、土人夏夜には必ず相誘て、この堂に納凉す、一夕八弥彼処にいたる、余人来らず、八弥独り仮睡す、少くして其像お視るに、其長稍のびて遂に人の立が如し、起て夫坐お離る、八弥が前に来て曰、我女が病患お消せん迚、八弥が手お執て、かの瘤にひく、八弥その痛に堪ず、忽驚さむ、乃夢なるお知て見るに瘤なし、人疑ふ、八弥常に大士お信ずるにあらず、亦患お除の願ありしに非ず、然にこの霊験あること不可思議なり、かヽれば昔鬼に瘤お取られしこと、寓言とも言がたし、