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大鏡
五/太政大臣伊尹
さて家にかへりて、〈○藤原朝成〉このぞうながくたえん、もしおのこゞも、おんなごもありとも、はかばかしくてはあらせじ、あはれといふ人もあらば、そ〈○そ原作か拠一本改、〉れおもうらみんなどちかひて、うせ給ひにければ、だい〳〵の御あくれうとこそはなりたまひたれ、さればましてこの殿〈○藤原行成伊尹養子〉ちかうおはしませば、いとおそろし、殿〈○藤原道長〉の御夢に、南殿の後のとのもと、かならず人のまいるに、たつところよな、そこに人のたちたるおたれぞと見れば、かほは戸のかみにかくれたれば、よくも見えず、あやしうてたそ〳〵とあまたたびとはれて、あさなりに侍りといらふるに、夢のうちにもいとおそろしけれど、ねんじて、などかくてはたち給ふたるととひ給ければ、頭弁〈○藤原行成〉のまいらるゝお、まち侍るなりといふと見給ひて、おどろきてけふは大事ある日なればとくまいるらん、ふびなるわざかなとて、夢に見え給ひつる事あるお、けふは御やまひ申などもして、物いみかたくして、なにかまいりたまふ、こまかにはみづからとかきて、いそぎたてまつり給へとちかひて、いととくまいり給ひにけり、まもりのこはくやおはしけん、れいのやうにはあらで、きたの陣よりふぢつぼ後凉殿のはざまよりとおりて、殿上にまいり給へるに、こはいかに御せうそくたてまつりつるは、御らんぜざりけるか、かゝる夢おなん見侍りつる、とくいでさせ給ひねと、聞えさせ給ひければ、ておはたとうちて、いかにぞと、こまかにもとひまさせ給はず、またふたつものものたまはで出給ひにけり、