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享雑の記
前集上
夢に冥土
完政十一年己未の春三月十七日、このゆふべ予〈○滝沢解〉夢に冥府に遊びつ、覚ての後も記億せり、〈○中略〉詞がたきもがなと思ふ折、亡友某忽然と来にけり、予あやしみて、子は曩に身まかり給ひぬと聞たるに、今訪るゝこと、こゝろ得がたし、いかなる故やあると問ば、友のいはく、その事に侍り、けふなん冥府放赦の日なれば、吾們たま〳〵遊行お許さる、いざ給へ黄泉の光景お見せまいらせんといふ、予遽しくこれと共にゆく程に、前程いくそばくそおしらず、又絶て東西おしらず、遂に忽地友に後れて、ます〳〵こゝち惑ひにけり、山お踰水お渉り、ゆき〳〵て見かへれば、道次に官舎あり、門前に筵布わたしたる上坐に、媼ひとりみつわぐみており、ちかくなる随に、これお見れば、荊婦が養母会田氏なり、〈外姑は完政七年四月廿九日没したり○下略〉