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更科日記
はゞ一尺の鏡おいさせて、えいてまいらせぬかはりにとて、そうおいだしはてゝ、はつせにもうでさすめり、三日さぶらひて、此人のあべからんさま、夢にみせ玉へなどいひて、まうでさするなめり、そのほどは精進せさす、このそうかへりて、夢おだにみでまかでなんが、ほいなきこといかゞ帰りても申べきと、いみじうぬかづきおこなひてねたりしかば、御帳のかたより、いみじうけだかうきよげにおはする女の、うるはしくさこそき玉へるが、たてまつりしかゞみおひきさげて、此かゞみにはふみやそへたりしととひ給へば、かしこまりて、ふみもさぶらはざりき、此鏡おなんたてまつれと侍しと、こたへたてまつれば、あやしかりける事かな、ふみそふべきものおとて、此鏡お、こなたにうつれるかげおみよ、これみれば、表にかなしきぞとて、さめ〴〵となき玉ふお見れば、ふしまろびなきなげきたるかげうつれり、此影おみれば、いみじうかなしな、これ見よとて、いまかたつかたにうつれる影おみせたまへば、みすどもあおやかに、木帳おしいでたるしたより、いろ〳〵のきぬこぼれいでゝ、梅さくら咲たるに、鶯こづたひ鳴たるおみせて、これおみるはうれしなどの玉ふとなむ、みてしとかたるなり、