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平治物語

頼朝遠流事附盛安夢合事
夜更人閑て盛安申けるは、都にて御出家不可然由申候しは、不思儀の夢想お蒙りたりし故也、君〈○源頼朝〉御浄衣にて八幡へ御参候て、大床に座す、盛安御供にて数多の甃の上に伺候したりしに、十二三計なる童子の、弓箭お抱て大床に立せ給、義朝が弓胡箙召て参て候と被申しかば、御宝殿の内より、けだかき御声にて、深く納置け、終には頼朝に給はんずるぞ、是頼朝にくはせよと被仰れば、天童物お持て、御前に差置せ給、何哉覧と見奉れば打鮑と雲物也、君恐て無左右参らざりしお其たべと被仰、数て御覧ぜしかば六十六本あり、彼鮑お両方の御手にて押にぎりて、太き所お三口進て、小き所お盛安に投給しお、取て懐中すると存候しは、故殿〈○源義朝〉こそ一旦朝敵と成せ給へ共、御弓胡箙八幡の御宝殿に被納置、終には君に給はんずる也、又打鮑六十六本参しは、六十六箇国お打被召候はんずると合せ申て候つと申せば、〈○下略〉