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物類称呼

物類称呼諸国方言序〈○中略〉
そも〳〵いにしへお去る事遥にして、そのいふ所も彼にうつり、これにかはりて、本語お失ひたるも、世に多かるべし、中にも都会の人物は、万国の言語にわたりて、おのづから訛すくなし、しかはあれど、漢土の音語に泥みて、却て上古の遺風お忘るゝにひとしく、辺鄙の人は、一郡一邑の方語にして、且てにはあしく訛おほし、されども質素淳朴に応じて、まことに古代の遺言おうしなはず、大凡我朝六十余州のうちにても、山城と近江、又美濃と尾張、これらの国お境ひて、西のかたつくしの果まで人、みな直音にして平声おほし、北は越後信濃、東にいたりては、常陸および奥羽の国々、すべて拗音にして、上声多きは、是風土水気のしからしむるなれば、あながちに褒貶すべきにも非ず、畿内にも俗語あれば、東西の辺国にも雅言ありて、是非しがたし、しかしながら正音お得たるは、花洛に過べからずとぞ、〈○下略〉