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皇都午睡
三編上
江戸は日本国の人の寄場にて、言葉も関八州の田舎在郷の訛およせて、自然となりし物ゆえ、江戸詞と雲ては甚少なし、其内古風お守り、叮嚀の詞も有り、大体京摂の詞お詰て短かく雲ならはせし也、京都にても上京と下京と少し宛の詞に変あり、大坂にても五畿内の寄詞にて、三郷に大同小異あり、安治川辺の者は、四国九州中国の詞に馴れ、上町玉造の者は、大和伊賀伊勢の詞に移り、堺の者は紀州和泉路の詞に通じ、天満の者は丹波丹後の言葉も交るべし、遠国他境の人の開語のはかり兼るは、各生れ所の国言葉にて訛とはいふべからず、諸国の人お相人とする都会の者が、其国詞に付合て雲お訛と雲也、笑ふべきことにはあらず、凡三の者ほど訛るものはなし、心お付て聞べし、
京と大坂と一夜の船の隔あるにさへ、大坂の温(ぬく)ひは京で暖(あたゝか)ひ、京のきついは、大坂のえらい、大坂の大きい、京でいつかい、大坂でどえらひは、京で仰山、大坂のそふじやさかひは、京でそじやけんど、大坂のこちへ遣(おこ)せお、京で援へ来(く)しや、〈○中略〉
三都と詞おわけて雲時には、江戸詞は耳立聞え、京大坂とはさまで替りたる訶もなし、是は詞の延縮(のびちゞみ)引か放すかといふ計の違ひなれば也、江戸とても尊き人々には聊も詞は替りたることなき者也、いはゞ文通書状に書送るに、江戸なればとて、訛お入て書送ること有まじ、それにて通る所お見れば、江戸詞とは中分より下賤の詞也、〈○中略〉
上方にて買(かう)て来(く)るお江戸にては買(かつ)て来る、借(かつ)て来るお借(かり)て来る大きいお恐ろしい、仰山(げうさん)お大騒(たいそう)、そふじやさかいおだから、糸様(いとさま)おお娘様(じやうさま)、〈○下略〉