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三養雑記

初午稲荷詣 地口〈○中略〉
江戸にて稲荷祭には、地口行灯おつらねともすならはしなり、この地口といふは、土地の口あひといふことにて、たとへば地張きせる、地本絵冊子、地酒などの類、いづれもこの地といへるは、江戸おさしていふ詞なり、さてその行灯にかけるお絵地口とて、絵お専にして、まうづる人のあゆみながらよみてわかるおむねとするなり、豊芥蔵喜の小冊に、地口須天宝、鸚鵡盃、比言指南、地口春袋など、みな安永ごろの印本なり、その頃はやりしと見えたり、この地口にくさ〴〵のわかちあり、天神の手にて口おおさへたる絵にだまりの天神、〈鉛の天神〉団子お三串かけるに団子十五〈三五十五なり、むかしは大かた五ざしにて五文なりしお、四当銭出来てより、多くは四つざしになりたり、〉などいふは、そのかみのさまおおもひやるべし、また絵お半もたせたるは、
達磨大師(だるまだいし)の茶せんのすがた
えびたこかしく
又句お長くいひつゞけたるは、精霊(しよりよ)のまこもと棚経(たなぎよ)の坊さま、見ればみそはぎ露がたる、〈女郎のまことと卵の四角、あれば晦日に月がでる、〉君が射(い)すがた的場で見れば、ふだん尺二お射んなさる、〈君が寝姿窻から見れば、牡丹芍薬百合華、〉またしりとり付まはしといふは、句の下の詞お、次の句の上におきて、長くくさるなり、〈上略〉六じやの口おのがれたる、たるは道づれ世はなさけ、なさけの四郎高綱で、つなでかく縄十文字、十文字の情にわしやほれた、ほれた百までわしや九十九まで、九までなしたる中じやもの、じやもの葵の二葉山〈下略〉などいへるなり、これ唐山にいふ粘頭続尾の戯とおなじ趣なり、これらその類おわかたば自体裁ありといふべし、すべて地口は詞の縁のはなれぬお巧とし、初の文字の同字ならぬおよしとすといへり、かねて聞たる中にて、やゝ巧におぼゆる一二おいはゞ、
絵馬あけぐわんほどき 胡麻あげ雁もどき
梅は見てさへ醋とや申す 夢に見てさへよいとや申す
雪見に出たか三谷舟 一富士二鷹三茄子
年のわかいのに白髪が見える 沖のくらいに白帆が見える
玄関に席おあらためて口上おきく 林間煖酒焼紅葉
銅(あかゞね)の鐔(つば) 渡辺の綱
撿挍けんくわ杖がたくさん 天上天下唯我独尊
娘は琴より三味のこと 鼓はもとより波の音
これらの類、猶あまたあるべし、