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宣胤卿記
文明十三年二月二日丁未、参内番也、今日請取、菅原和長、第二葉室前大納言、家余、次西用前宰相、〈忠顕朝臣番代〉次右衛門督等所参也、宿同前、但葉前大不帰参、勧修寺中納言為代参之近臣、源大納言、侍従中納言滋野井前宰相中将、言国朝臣、元長等参会、有一献雲々、番衆所同被下天酒、又以元長被仰下雲、なぞ〳〵当座各令新作可申入一雲々、作迷惑加思案則申入候、有叡感、又有製作、被尋下、各解申之、余殊有御感、小折三合被下也、可謂面目祝著也、注左、
一殿上の下侍のうへにおくすゞりみうしなひぬ、〈当時番衆所下侍也、余新作、〉石上(せきしやう)〈於御前各ときかねけるお、親王御方御ときありと雲雲、下侍よく置侍り、ことはりおもしろく思食よし、ことに有叡感、〉
一の(野)なかの雪 西川前宰相進之、但右衛門督作之、
ゆの木
一うはぎえしたる雪はいつもこそあれ右衛門督作進之、
きつね
一やまのかねこえありて、野に水あり、〈勧修寺中納言作、経茂卿進之、これはよろしからず、〉
さんせうのかは
重てなほ可作進之由被仰下之間、又申入分、
一さけのさかな 余作進之 袈裟と解べし
一くつのうらお穿て、いさごにすこしのこえあり、〈右衛門督作進之〉くしと解べし
一けんちやうじのさむ門に、ちやうもんもなし、門もなし、〈菅原和長作進之〉源氏の一門(もん)ととく、これは旧 院の御さくにありし、ことにてには相違、以外の由、たゝりおほせ下され、和長赤面、真実新作の由申之、猶不審、
一うぐひすのわかきこえおたづねて、木々のうへにあり、勧修寺中納言申之、是は一向不得其意、 作者所存被尋下、四句のうへの字おとりてうはたきと申之太不可然之由被仰下、
又被尋下分、両度に三づ主、
一ゆめかへりて、よいすきぬ、めゆいと為広卿とき申
一あふぎやぶれて、ふたつになる、 あきと余申之のよし被仰下
一せんき(先規)のれいおぞんじて、右大臣にかへりなりぬ、鬼神太夫と、為広卿とき申、
一平ちう(製作)が涙、すみながしと解申之、
一木のぬし(親王御作)がこよかし、はしらまつと、勧中とき申、
一鹿(製作)おさしていふもたとへ、むまひゆと、余とき申、
廿五日庚午、昨日新作之なぞだて(○○○○)進上、一法華経は無二亦無三、法師品は隻中、 法師
一日吉祭は中申二あれば、下申、さき追はらふてさき、
日から
一関白申に及ばずとて、山城守おはなしおかれたり、 関山
一さか月お、ねざめにめさゞるは、よしなきとゞけゆへ、 きつね戸届(とヽく)
一世中の人は、道理ありながら無道也、 ひよどり
一かりはひかしと、花おかへるゆへ、 かなは
三月四日戊寅、申刻参内〈衣冠〉番也、〈○中略〉今日新作之なぞだて注進之、解進之、解様は不付進、
一やどの柳よなど花のころ 花のなきところ
一海棠はむげに匂もなけれども、欺冬にはまさりしお吹ちらしぬ、 板屋
一陶淵明が門にうへし木は、なばかりに成ぬれども、文字のあとはのこれり、 梨
一堰にせきこめられて、水さかさまにながる、 泉
一秋色維〓五行終 泉
五月五日己卯、〈○中略〉又別紙注之進親王御方、 解様は不付之
一とし立かへる年のはじめ しとヽ
一梅の木お水にたてかへよ 海
一やの軒のあやめ 雨
一氷の上魚躍て孝子の例(あと)おのこす、 〈孔子又小牛〉
一無上無二なるは、雪のうちの筝、 巫(かんなぎ)
一空に入てうへお飛去は列子が乗物 迦葉
一そのかみうせしうら島かへる ましら一西行はさとりて後髪おそる 経
一あま日にひまなし舟の上浪のそこ 鐙
一紅の糸くさりて虫となる 虹
一水魚丿乀(へつほつ)双て成字 漁人
一風終成雨声 香、又せう、鷹名