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枕草子

故とのなどおはしまさで、世の中にこと出き物さはがしく成て、宮又うちにもいらせ給はず、小二条といふ所におはしますに、何ともなくてうたてありしかば、久しう里にいたり、御まへわたりおぼつかなさにぞ、猶えかくてはあるまじかりける、〈○中略〉日ごろになれば、こゝろぼそくてうちながむるほどに、おさめ、文おもてきたり、〈○中略〉御かへりまいらせて、すこしほどへてまいりたり、いかゞとれいよりはつゝましうて、御木丁にはたかくれたるお、あれは今まいりかなどわらはせ給ひて、にくき歌なれど、此おりはさもいひつべかりけりとなん思ふお、見つけてはしばしえこそ慰むまじけれなどのたまはせて、かはりたる御けしきもなし、わらはにおしへられしことそなどけいすれば、いみじくわらはせ給ひて、さる事ぞ、あまりあなづるふる事はさもありぬべしなど仰せられて、ついでに人のなぞ〳〵あはせしける所に、かたくなにはあらで、さやうの事にらう〳〵しかりけるが、左の一番はおのれいはん、さ思ひ給へなどたのむるに、さりともわろき事はいひ出じとえりさだむるに、其詞おきかんいかになどとふ、たゞまかせて物し給へ、さ申ていと口おしうはあらじといふお、げにとおしはかる、日いとちかふ成ぬれば、猶この事の給へ、ひざうにおかしき事もこそあれといふお、いさしらず、さらばなたのまれそなどむつかれば、おぼつかなしと思ひながら、其日になりて、みなかた人のおとこ女いわけて、殿上人などよき人々おほく居なみてあはするに、左の一ばんにいみじうよういしもてなしたるさまの、いかなる事おかいひ出んと見えたれば、あなたの人もこなたの人も、心もとなく打まもりて、なぞなぞといふほどいと心もとなし、天にはりゆみといひ出たり、右のかたの人は、いとけうありと思ひたるに、こなたのかたの人は物おおぼえずあさましうなりて、いとにくゝあいぎやうなくて、あなたによりてことさらにまけさせんとしけるおなど、かたときの程におもふに、右の人おこに思ひてうちわらひて、やゝさらにしらずと口引たれて、さるがふしかくるに、数させ〳〵とてさゝせつ、いとあやしき事、是しらぬ物たれかあらん、さらにかずさすまじとろんずれど、しらずといひいでんは、などてかまくるにならざらんとて、つぎ〳〵のも此人に論じかたせける、いみじう人の知たる事なれど、覚ぬ事はさこそはあれ、何かはえしらずといひしと後に恨られて、罪さりける事お語出させたまへば、おまへなるかぎりはさはおもふべし、口おしく思ひけん、こなたの人の心ちきこしめしたりけん、いかににくかりけんなどわらふ、これはわすれたることかは、みなひとしりたることにや、