[p.0946][p.0947][p.0948]
小野宮右衛門督家歌合
おのゝ宮の右衛門のかみのきむだちの、物がたりよりいできたりける なぞあはせ、左あおきうすやうひとかさねにかきて、松のえだにつけたり、かくなむ、
我ことはえもいはしろのむすび松千とせおふとも誰かとくべき
右はむらさきのうすやうひとかさねにかきて、あふぢの花につけたりしは、かくぞ
おくていねの今はさなへとおひたちて待てふるねもあらじとぞ思
かくてえとかぬおば、おのがかた〳〵にとかせて、かちまけおさだむるに、人の心いづれもいづれもおなじやうなりければ、いとよくときつゝ、ぢにてあはせ〳〵たるにあなり、なかにかしこくもあらぬことに思ひあなづりたるにやありけむ、えたしかにとかず、右かたにかずひとつさゝれてまけぬ、
左 なぞこのごろにふるめかしきかするものいそのかみふるめかしかのするものは花橘のにほふなるべし
右 なぞあづまのかたにひらけたるもの
東路のしづの垣ねの卯花はあやなくなにととふぞはかなき
左右そのことおば思ひえながら、ことはじめにかくまくといふ、左にやありけむ、かたみにしらずとて、とかずなりぬ、ぢにさだめて、おのがかた〳〵、とくことのわすれがたければ、花たちばなにやあらむ、右はやまかつのかきねなる、うのはなかとて、地にさだむ、
左 なぞなお名のり人だのめなるもの
たのめつゝなつくよもなしほとゝぎすかたらふことのあらばこそあらめ
右 なぞうつくしかりし物
うつくしと思ひにしかば撫子の花はいづれの秋かわすれん
左のとふやうは、うつくしかりしものは、おひたちてのちは、うとましかりけれど、おさなかりしほどお思へば、なでしこかといふ、
右かた思ひえたりけれど、つねにぢならむもむつかしとやありけむ、
左 なぞおやおわすれぬ〈○歌闕〉
右 なぞちとせまでおとづれぬ
今こむといひしばかりお命にて杉のこずえといふぞわりなき
右のいふやう、おやおわすれぬは、こだかき杉のはゝそなりといふ、左はさま〴〵思ひえたれど、いづれならんとおもふ程に、ひさしくなりのとて、まけぬとさだめつれば、左のいふやう、よしさらばなにぞととへば、ちぎりし人お杉のこずえといふにやあらんとて、
左 わたのはらの恋ぢあさりせし浦お見しかばわたつうみの磯のはまぐり色こかりしお
右 としの内にときおうしなふもの
ひととせに夏なしとだに思ひては〈○下闕〉
左のいふやう、年の内に時おうしなふ物とあるは、あつくるしきほどなれば、くだ物はなつなしと思ふにやあらむ、右のいふやう、わたのはらの恋ぢは、あま人のもすそしぼるはまぐりなどいひて、これもかれも心ゆきいとおかし、ぢ、
左 なぞおとゝひよりうそぶきかたにいとはるゝもの
千早ぶる神のやり水よどなれてけふみかはぢのおそろしき哉
右 はきものならべたるいのりのし
はき物もふたつならべてつとめこしくつ〳〵ほうしいづこ成らむ
左のいふやう、はきものならべたるいのりのしは、夏の末秋のはじめに声するくつ〳〵ほうし歟、右解難かりとぞうけ日古天たの事お〈○右以下恐有誤字〉えこゝろよくときやらず、かゝれば左みかは地とくかちぬ、
左 なぞおほそらにつはものゝきたる
弓はりのかたとの月お山のはにそらつはものゝいるかとぞみる
右 なぞあてならぬたき物