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関の秋風
此頃は、夜はごとにいねず、さま〴〵にねまほしく思ふほど、かねの音おかぞへ、鳥の声おきゝ、筧の音もうるさくて、しばし目おとぢて見れども、夢みんやうもなしがくねまほしくおもふ程ねられねば、よしひとよはおきて明さばやと思ひきりても、兎角ねまほしき心のみわすられず、ほどちかきあたりに、いねし人も、今や夢など見るらんとおもへば、いとゞむねくるし、さらばよその事お思ひ出だしまぎれんと、心にもあらず、おかしき事、たのしき事など思ひみれど、いつかうちわすれて、夢おばいつか見んとのみ思ふなり、夜もやゝ更け行けば、いとゞさびしくて、こしかた行く末の事など思ひつゞけ、あるは心くるしき事など、かうがへて夢もみつかず、せん方なくてくすしにとひければ、隻物おふかくかうがへて、心お労し侍る事のなきやうにと諫む、されど短才重任、いかでかうがへ侍る事なくてありなん、〈○下略〉