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古今著聞集
十六/興言利口
同御時、〈○順徳天皇時〉小川滝口定継といふ御けしきよきぬし侍けり、四臘座にて上臘おこして久しく奉公してけり、名月の夜、主上南殿に出御ありて御遊ありけるに、かの定継が下人、くろ戸のかたの御厩のほとりに、いねぶりして候けるが、にはかにはしりたちて、中将宣忠朝臣のあやのこうじの家へ、さかいきになりて、はしりむかひていふやう、たゞ今内裏へ急度まいらせ給へ、なお〳〵きと〳〵といひけり、中将さしもの急事何事にかとあやしう思〈○思原作候、拠一本改、〉ひて、たが奉行ぞとたづねられければ、小川滝口殿のうけ給はらせ給ふて候といひて、やがてはしり帰りける程に、中将あはてさはぎて、はせまいりてうかゞひければ、たゞ今なんでんにわたらせ給ふよし女房申せば、御後のかたにておとなふに、たぞと御たづねあれば、宣忠朝臣めされ候へるほどに、まいりたるよし申ければ、大かたさる事なければ、ふしぎに覚し召て、くはしく御たづね有ければ、使のいひつるごとく、定継が承りて、其下人にて候よし申ければ、定継承て相たづぬるに、はやくかの下人ねほれて、かくめしたりけるなり、あまりにはしりけるほどに、二条あぶらのこうぢお南へ〈○へ原脱、拠一本改、〉かりおりける時、築地の角にはしりあたりて、かほさきかきてありけり、其よしお申あげければ、比興の沙汰にてやみにけり、定継の申けるは、これは勝事にて候、ねほれ〈○れほれ一本作ねぼけ〉候はんからに、さる事やはつかうまつるべき、まさかさまのくせごとおもぞ引いだし候とて、此下人おやがてつかはず成にけり、おかしき事也、