[p.0992][p.0993]
古今著聞集
九/武勇
同〈○源義家〉朝臣若さかりに、ある法師の妻お密会しけり、件の女の家、二条猪隈へん也けり、築地に桟敷おつくりかけて、桟敷のまへに堀ほりて、其はたに蕀などおうへたりけり、すこぶる武勇立る法師なりければ、用心などしける所也、法師のたがひたる隙おうかゞひて、夜ふけてかの堀のはたへ車およせければ、女桟敷のしとみおあげて、すだれお持あげゝる、其時とび入けんはやわざの程、凡夫の所為にあらず、此事たびかさなりにければ、法師聞つけて、妻おさいなみせためて問ければ、ありのまゝにいひてけり、さらばれいのやうに我なきよしおいひて、件の男お入よ〈○よ原作ま拠一本改、〉といひければのがれがたなくて、いふまゝにことうけしぬ桟敷おあげて、れいのやうに入たらん所お、きらんと思て、此法師其道に囲碁盤のあつきお、楯のやうに立て、それにけつまづかせんとかまへて、太刀おぬきてまつ所に、案のごとく車およせければ、女れいの定にしけるに、とびのおの方よりとび入ざまに、鳥のとぶがごとく也、ちいさき太刀おひきそばめて持たりけるおぬきて、とびざまに碁盤の角お五六寸計おかけて、とゞこほりなくきつて入にけり、法師たゞ人にあらずと思ひて、いかにすべしともなく、おそろしく覚へければ、はふはふくづれおちてにげにけり、くはしく尋聞ば八幡太郎義家也けり、いよ〳〵おくする事限なかりけり、