今昔物語

十九

住河辺僧値洪水棄子助母語第廿七
今昔の比、高塩上り、淀河に水増りて、河辺の多の人の家流ける時に、年五六歳許にて、色白く形ち端正にして、心はへ厳かりける男子お持ち、片時も身お不離れ愛する法師あり、而る間其の水に此の法師の家押し被流にけり、然れば其の家に、年老たりける母の有けるおも不知ず・此の愛する子おも知ずして、騒ぎ迷けるに、子は前に流て、母は一町許下ら、浮び沈みして流下けるに、此の法師色白き見の流けるお見て、彼れは我が子なめりと思て、騒ぎ迷て游お掻て流れ合て見るに、我が子にて有れば、喜び作ら片手お以て、子お提て、片手お以て游お掻て岸様に来て著むと為る程に、亦母水に溺れて流れ下るお見て、二人お助可き様は無かりければ、法師の思はく、命有らば子おば亦も儲らむ母には隻今別れなば、亦可値き様無しと思て、子お打棄て母の流るヽ方に掻き著て、母お助けて岸に上せつ、〈○下略〉