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平家物語

ほうぢうじ合戦の事
源の蔵人仲兼は其勢五十き計で、法住寺殿の、西の門おかためてふせぐ、〈○中略〉大勢の中へかけ入、さん〴〵に戦ば、主従八きに打なさる、八きが中に河内の日下たうに、かゞばうと雲法師むしや有、月げなる馬の、口のこはきにぞ乗たりける、此馬はあまりに口がつよふて乗たまつべし共存候はずと雲ければ、源蔵人さらば此馬に乗かへよとて、くりげなる馬の、下お白に乗かへて、根のいの小弥太が、二百よき計で引へたる、かはらざかの勢の中へかけ入、さん〴〵に戦、そこにて八きが五き討れぬ、かゞばうは我馬のひあひ也とて、主の馬に乗かへたりけれ其うんやつきけん、そこにて終に討れにけり、こゝに源の蔵人の家の子に、次郎蔵人仲頼と雲もの有、くりげなる馬の、下お白がかけ出たるお見付て、下人および、こゝなる馬は源の蔵人の馬と見るはひが事か、さん候と申、さてどのぢんへやかけ入たると見つる、かはら坂の勢の中へこそ、入せ給ひつるなれ御馬もやがてあの勢の中より出来て候と申ければ、次郎蔵人涙おはら〳〵とながひて、あなむざんはや討れ給ひたり、ようせう竹馬の昔より、しなば一所でしなんと社契りしに、今は所々でふさん事社かなしけれとて、ざいしのもとへ、さいごの有さま雲つかはし、隻一きかはら坂の勢の中へかけ入、〈○中略〉たてさまよこさま、くもで十文字にかけわり、かけまはり、戦ひけるが、敵あまた討取て、終に打死してけり、源蔵人是おばしり給はず、あにの河内守仲のぶ打ぐして、主従三き、南おさして落行けるが、〈○下略〉