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平家物語
十一
つぎのぶさいごの事
王城一の、つよ弓せい兵なりければ、のと殿の矢さきにまはる者、一人もいおとされずと雲事なし、中にも源氏の大将軍九郎義経お、隻一やにいおとさんと、わらはれけれ共、源氏の方にも心えて、伊勢の三郎義盛、奥州のさとう三郎兵衛次信、同じく四郎兵衛忠信、えたの源蔵、熊井太郎、むさし坊弁慶な、ど雲、一人当千の兵共、馬の頭お一面に立てならべて、大将軍の矢表に、はせふさがりければ、のと殿も、力及び給はず、のと殿そこのき候へ、矢表の雑人原とて、さしつめ、さん〴〵にい給へば、やにはに鎧むしや十き計い落さる、中にもまつ先にすゝむだる、奥州の佐藤三郎兵衛次信は、弓手のかたより、めてのわきへ、つといぬかれて、しばしもたもらず、馬よりさか様に、どうとおつ、〈○中略〉判官は、次信お陣の後へかき入させ、いそぎ馬より飛でおり、手お取ていかゞ覚ゆる三郎兵衛と宣へば、今は角に社候へ、此よにおもひおく事はなきかと宣へぼ、別に何事おか、思ひ置候べき、さは候へども、君の御よにわたらせ給ふお、見参らせずして死候社、心にかゝり候へ、さ候はでは、弓矢取は、敵の矢に当て死る事、元より期する所で社候へ、仲づく源平の御合戦に、奥州の佐藤三郎兵衛次信と雲けん者、さぬきの国八島の礒にて、主の御命にかはりて、うたれたりなど、末代までの物語に申されん社、今生の面目めいどの思ひ出にて候へとて、たゞよはりにぞよはりける、〈○中略〉
ふくしやうきられの事
二人の女房共、わか君〈○平宗盛子〉おいだき奉りて、隻我々お失ひ給へとて、天にあふぎ地にふして、なきかなしめ共かひそなき、〈○中略〉くびおば、判官にみせんとて、取て行、二人の女房共、かちはだしにて追付、何かくるしう侍べき、御くびおば給はつて、御けうやうし参らせ侍らはんと申ければ、判官〈○源義経〉情有人にて、猶さるべし、とう〳〵とてたびにけり、二入の女房共、なのめならずによろこび、是お取て、ふところに引入て、なく〳〵京の方へ帰るとそみえし、其後五六日して、かつら川に、女房二人身おなげたりと雲事有けり、一人おさなき人のくびお、ふところに入、沈みたりしは、此若君のめのとの女房にてぞ有ける、今一人、むくろおいだいて、沈みたりしは、かいしやくの女房めのとが思ひきるは、せめていかゞせん、かいしやくの女房さへ身おなげゝる社哀なれ、