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明良洪範

完文年中の事なりし、桑名の城主松平越中守定重の家司某お、同家中の某招き饗応の時、相伴取持大勢なり、然る所へ蚰蜒虫這出けるお、物頭持居たるきせるの火皿にて押殺し、小者に捨させける、暫くして物頭忽気絶し倒れけるが、見る内に身斑になり、全く毒に当りし体なり、家内大に騒ぎ諸医集り、薬用手お尽せ共験しなく、療治届くべし共見へず、食毒也と評議究らんとす、亭主は一向騒ず、今日の献立念入申付し所に、計らずも毒死の者有ては申訳なし、療治は猶も手お尽すべし、我は切腹の覚悟也とて、衣服お著替へ、厳重なる体なり、人々申けるは、人には頓死と申事も有ば、一旦に亭主の過ち共定め難しと申けれ共、一円承引せず、其中にかの人口より血お吐出したり、主人これお見てすでに切腹せんとする所に、かの小者進み出て申けるは、先刻御座敷へ蚰蜒虫這出候、其時某様きせるの火皿にて押殺し、私に捨よと仰らるヽ故、庭へ取捨候、其きせるにて煙草お召上るお見候、夫より間もなく気絶の御沙汰承り候へば、全く其虫の毒に御当りなされ候事と存候、是に依て右の捨たる虫お私給申べく、其上私別条なくんば、外の毒故御主人切腹なさるべし、又私其毒に当り死し候はゞ、御主人の過ちにはなき事明白なれば、切腹には及び申間敷、其証拠には一座の御方々様立会御覧下さるべしとて、先刻捨たる虫お庭より拾ひ来りて、衆人の眼前にて給けるに、間もなく面色変り倒れけるが、多く血お吐て死しける、これに依て亭主の過ちならざる事明白に顕れし故、必死お免れたり、此小者歳十五なりしとかや、主の馬前にて討死せしより、遥に勝りし忠死にして、古今無類実に臣たる者の鑑なりける、