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孝義錄
六/武蔵
忠義者佐次郎
佐次郎は、江戸麹町平川町壱丁目にすめる質屋九兵衛が下人なり、或とき京極何がしの家の足軽左兵衛といふもの、筋正しからぬ品お持来り、佐次郎によりて、質入せんとす、佐次郎何ごゝろなく、主人の蔵におさめ置、例の金出しやりしが、其品の筋よからぬ事あらはれて、非常の事あらたむる事おつかさどれる、長谷川平蔵のもとへ、九兵衛しば〳〵よばれて、尋ねなどうけしお、佐次郎いたくうれへしが、こはみづからのはからひにて、さらに主人のしれる処にあらず、此事はやく長谷川家へことはりて、主人のわざはひゆるめ給へと、こま〴〵と書つけ置て、其身はひとりくびれ死せり、市町の事うけ給はれる池田筑後守より、九兵衛が罪の浅さふかさはしらず、佐次郎が忠死によりて、其つみお宥め彼が父へ賜ありてんやと聞えあげしに、もとより九兵衛がしれる事にしもあらねば、完政四年八月さゝはりなくゆるし、父富右衛門には銀お下して、佐次郎が忠お賞し給ひき、