[p.1060][p.1061]
太平記
十三
北山殿謀叛事
公宗卿〈○西園寺〉げにもと被思ければ、時興〈○北条〉お京都の大将として、畿内近国の勢お被催、〈○中略〉如此諸方の相図お同時に定て後、西の京より、番匠数た召寄て、俄に温殿おぞ被作ける、其襄場に板お一間蹈めば、落る様に構へて、其下に刀の簇お被殖たり、是は主上〈○後醍醐〉御遊の為に、臨幸成たらんずる時、華清宮の温泉に准へて、浴室の宴お勧め申て、君お此下へ陥入奉らん為の企也、加様に様様の謀お定め兵お調て、北山の紅葉御覧の為に、臨幸成候へと被申ければ、則日お被定、行幸の儀式おぞ被諭ける、〈○中略〉且鳳輦お留て、御思案有ける処に、竹林院の中納言公重卿馳参じて被申けるは、西園寺大納言公宗隠謀の企有て、臨幸お勧め申由、隻今或方より告示候、〈○中略〉と被申ければ、〈○中略〉軈て還幸成にけり、